今夜放送されたRKB「豆ごはん」(19:00~)鹿島本館物語~外国人観光客に大人気、創業90年老舗旅館~に資料協力しました。
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打ち合わせ後、少し引っかかることがあったので手持ち資料をひっくり返して調べ直し。博多・冷泉町にある登録文化財「鹿島本館」に関することですが、建築年がはっきりしておらず。最初と考えられている丸清館から大盛旅館へ経営・名称は変わり(番組では建築者がはっきりしている大盛旅館として紹介)、そして戦後に「博多ホテル」を経営していた牟田家が購入し現在は一族の山田さんの経営です。
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で、この昭和5年「福岡市旅館組合発行」資料には当時の福岡市旅館一覧が掲載されていますが、萬行寺前町の旅館は3つあるも該当する旅館の記載はありません。旅館名は右上から格上の旅館順に記載されていると思われます。皇族やアインシュタインも宿泊した栄屋、同じく天皇も宿泊した松島屋、水野旅館、海容館などの老舗が続きます(いずれも現在は廃業)。
昭和5年地点で建設前だったのか?昭和6年の住宅地図(福岡市縦横無尽図)には鹿島本館の場所に「丸清館」の名が見えます。経営者の交代時期で休業中だったかもしれまんせが、博覧会などの際に旅館組合が発行した他資料も改めて確認要です。
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鹿島本館を購入前、牟田家が経営していた「博多ホテル」の写真を3枚。作家・火野葦平をはじめ、戦前からの著名人が多く贔屓にしていた当時福岡一の近代ホテルでした。現在、パチンコ屋「GION11」がある祇園町にあったホテルは昭和20年の終戦直後にGHQに接収され翌21年に火災で全焼。再建のために「大盛旅館」を買い取り、牟田家の出身地・肥前鹿島から名前をとったと伺っています。
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鹿島本館、私自身も2度ほど宿泊したことがありますが、いずれも10年以上前のこと。登録文化財に指定される直前は廃業の話も出ていましたが、見事に盛り返して嬉しい限りです。博多祇園山笠「西流」50年史の編纂を担当していますが、鹿島本館はまさに旧萬行寺前町で「西町流」の所属でした。
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界隈に残る旅館は3軒隣の山本旅館のみ、同旅館は鹿島本館と同時期に材木商から旅館に転じた変わり口ですが、こちらも外国人観光客中心に近年人気になっています。
大正中期の「丸清館」の写真絵葉書は所有しており、中庭の写真などは現在の鹿島本館のそれとほぼ同じ。謎が増しておりますが、とりあえずOAまでに調査は間に合いませんでした(笑)。
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最後の写真は界隈の下祇園町にあった第二高島屋の4階建家屋。
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